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盛 岡 だ よ り

岩鋳・南部鉄器
盛岡市といえば、何をさておいても南部の殿様の都であり、現在は岩手県の中心地です。北上盆地の北端にあたり、ここで雫石(しずくいし)川と中津川が合流し北上川はその勢いを増していきます。盛岡から北西方向をのぞみますと、そこには盛岡、ひいては岩手県のシンボル的な存在である岩手山がデンと腰をすえて鎮座しています。
堀江 皓著 「南部鉄器」 理工学社発行 より
上の段 左より 岩手山 中津川とござ九 紺屋町の番屋 盛岡さんさ踊り(岩鋳グループ)
下の段 左より御所湖に架かるつなぎ大橋 松尾神社 盛岡八幡宮 十六羅漢
岩鋳 地域と共に100年
 中津川のせせらぎ、のどかな川原の風景。明治35年、風情のある河南の街並み・肴町に岩鋳創業。

 県都盛岡を象徴する中津川。藩政時代、南部藩の城下町は中津川流域に造られ、中津川をはさんで河北、河南と呼ばれる市街が形成された。そして慶長14年(1609)、国の重要美術品、擬宝珠のある本格的な上の橋が造られ、以後4年間に中の橋、下の橋が完成した。
 中津川の東に広がる河南地区には、商人や職人が多く住み、紺屋町、中の橋あたりは今も堀をめぐらした商家、造り酒屋の土蔵などが建ち並び、城下町の名残が偲ばれる。
 紺屋町より南の肴町には、昔ながらのたたずまいをみせる店も並んでおり、岩鋳は明治35年(1902)6月、この一角に創業、昭和25年(1950)、隣接する松尾町に工場移転、南部鉄器づくりに精魂を込めた。
岩鋳100周年記念誌より


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