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減塩味わい皿(角大)15絵柄 | 減塩味わい皿(丸大)15絵柄

有田焼窯元 舘林古琳庵窯

白磁に美しい絵柄 身近に有田焼を!  コレクトしたくなるお皿!
ここでは、「減塩味わい皿(丸大)」、「減塩味わい皿(角大)」の2アイテム、絵柄は各15点ずつで、計30点を展示しました。まず、透き通るような、少し青み帯びた真っ白な素地に、鮮やかな色をした絵柄が焼き付けられているのに目を奪われます。絵と白い余白との対比が見事です。絵柄は芸術性の高さを感じます。この絵柄は三代に渡って、収蔵されたオリジナルな絵柄です。昔の窯の後より、掘り出された破片、そこに描かれた貴重な絵柄もあると聞きました。 
 減塩味わい皿の絵柄は、手書きではありませんが、その絵柄(転写)が鮮明でとても美しいのは、1色に対して、2~4版重ねているからです。大変手間をかけています。また白磁の皿自体は、特上の白磁石中に次ぐ原料を使用しています。食器の関連の材料としては最も良質の材料を使用しています。白磁の皿の美しさも頷けます。そして、普段使いの皿として、お求めやすい価格も実現しています。身近に有田焼を感じて頂ければと思います。
「減塩味わい皿」は、皿の中に窪みがあって硯(すずり)のようになっています。その傾斜を利用して、醤油やタレなどを、きることができる皿です。減塩の効果を発揮します。寿司・刺身・焼き肉・ぎょうざ・しゅうまい・お漬物・オリーブオイルやドレッシングなどの浸け皿にご使用頂けます。
この皿を製作したのは、「有田焼窯元 舘林 古琳庵窯」です。



舘林 古琳庵窯(こりんあんがま)
 ▲古琳庵陶歴
古琳庵窯のごあいさつより抜粋。

 まもなく有田焼が誕生して400年を迎えますが、かつて南川良山(南山)地区で、土肥源左衛門をはじめ当窯の創窯者にあたる(舘林伊右衛門)と無名陶工職人らと共に共同窯(史跡指定)を築窯し作陶活動を行っておりました。以後、時代の流れでいったんは閉窯いたしましたが、数百年の歴史ののち、初代古琳庵が長年職人として培ってきた先人の技術を後世に伝承することを目的とし、昭和54年に念願の築窯と復興を致すことができました。その後は、職人の育成と名品作りに専念し日本をはじめ遠くはアメリカ、ヨーロッパなどの愛陶家の皆様方より高い評価を頂いてまいりました。現在は、二代目が古琳庵様式として独自の様式を確立することに専念し、また現代のライフスタイルにあった器づくりにも力を注いでおります。私たちは、伝統を守り創造することを忘れず今一層磨きを掛けて皆様に愛される商品と名陶づくりに日々精進致しております。

古琳庵窯は、380年来より永々と無名陶工達が築き上げてきた奥行きの深い延宝様式(柿右衛門様式)を伝承し作陶を続けております。 



有田焼の歴史

有田焼は透けるような白さ、硬さ、肌のきめ細やかさを備えた「※1磁器」です。多くはその白磁に美しく繊細な絵付けを施しています。
 有田焼は、伊万里焼とも呼ばれています。それは伊万里港から積み出しが行われていたことによるようです。そして、時期や様式により、古伊万里、※2柿右衛門、鍋島などの様式がございます。
その歴史は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で、朝鮮より陶工を日本へ連れ帰ったことにより始まります。その一人、李参平(りさんぺい)は、有田にて白磁石を発見し、日本で初めて白磁を焼いたとされています。有田焼の始まりです。
その美しさをして、たくさん有田焼がヨーロッパに輸出されました。(マイセンなどに大きな影響を与えました)鎖国政策の中でも、その立地条件がよいこと(長崎に近い)、そして中国において、ある時期、磁器の輸出が禁止されたことで、日本への関心が急に高まったことが上げられます。輸出が有田焼の産業としての発展に大きく寄与しました。またヨーロッパの技術も積極的に学び取り入れたことも発展に重要な役割をはたしているようです。

※1磁器・・・材料は陶石(陶器は陶土)。素地が白く光を通す(陶器は通さない)。吸水性がない(陶器はある)。高温で焼き、硬い。
※2柿右衛門・・・乳白色の器に赤系の色を基調とした上絵を焼き付ける様式を確立。現在、第14代が当代となっている。



減塩味わい皿
減塩味わい皿(角大)15絵柄 減塩味わい皿(丸大)15絵柄



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